今、企業がとるべきパワハラ対策とは?

いじめ・嫌がらせ等の職場環境の問題が年々増加するのを受け、パワハラ防止法が2020年6月(中小企業は2022年3月末までは努力義務)から施行され事業主に防止措置を講じることが義務付けられました。

現状として、本文でも解説するように、中小企業のパワハラ対策は遅れていると言わざるを得ません。その背景には「該当事例と非該当事例の見分け方」や「具体的なルール作り」に関する戸惑いがあります。

本記事では、パワハラ防止法の内容と企業で対応しなければならないポイントと取組にあたっての社会保険労務士のサポートを得るメリットについて解説します。

1.そもそもパワハラの定義とは

職場で行われるパワハラについて、具体例を示す法律はありません。労働問題を管轄する厚生労働省では、判例や個別労働関係の紛争処理事案に基づき、典型例を以下6種類に分類しています。

【パワハラの6類型】

  • 身体的な攻撃…暴行・傷害
  • 精神的な攻撃…脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言
  • 人間関係からの切り離し…隔離・仲間外し・無視
  • 過大な要求…業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害
  • 過少な要求…業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと
  • 個の侵害…私的なことに過度に立ち入ること

実際に起こるパワハラの形は実に多様であり、上記6類型のどれにあたるのか(あるいは異なる分類なのか)を判定するだけでは、予防・解決策がとれなくなりつつあります。そこで2020年になって、新しい指針が発表されました。

 

1-1.パワハラ対策の義務化に伴う「新しい定義」とは

「パワハラの新しい定義」を示した2020年1月15日の厚生労働省告示第5号は、後ほど詳しく解説する企業への対策義務化に伴って発表されたものです。

本指針では、パワハラの定義をよりシンプルに下記①~③にまとめられました。

【パワハラ対策の義務化に伴う「新しい定義」】

①優越的な関係を背景とした
②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により
③就業環境を害すること(身体的もしくは精神的な苦痛を与えること)

今回の指針のポイントは「当事者の関係性」とともに「労働者の感じ方」や「心身の状況」がハラスメントの判定基準になっている点です。

2.パワハラ防止に取り組む上での課題

厚生労働省が2016年、企業を対象に行われた実態調査では、パワハラ対策に取り組む上で事業主が感じている課題について、以下のような結果が出ています。
※厚生労働省:「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」の報告書を公表します


【アンケート内容】パワーハラスメントの予防・解決の取組を進めるにあたっての課題は?

1.パワーハラスメントかどうかの判断が難しい(70.9%)
2.発生状況を把握することが困難(35.6%)
3.管理者の意識が低い・理解不足(30.7%)
その他の回答…適切な処罰・対処の目安が分からない(20.6%)、人材不足(19.1%)など


先述の通り、パワハラの判定は「労働者の状況」重視で行われると明確化されつつあります。一方の事業主側としては、従業員の内面の正確な把握が当然不可能である上、事例に関する明確な線引きや周知・指導のやり方が判然としないとあっては、対策の取り組みが暗礁に乗り上げてしまうでしょう。

実態が上記の通りであることから、パワハラ対策が未了であり、かつ相談できる専門家にも出会えていない企業が多く残されています。同調査によると、回答企業のうち全体の52.2%しか対策を実施しておらず、従業員99人以下の小規模企業に至っては全体の26.0%と低い結果が出ているのです。

行政も上記の課題を認識しており、パワハラ対策の義務化とともに「就業規則の見直し」「相談窓口の設置」等の具体的な対策法を分かりやすく提示するようになりました。

パワハラの定義とは

3.パワハラ発生で企業が負うペナルティ

ハラスメントの解決を目的とする労働紛争が発生し、企業の非が認められた場合、下記1~3のペナルティを全て負うことになりかねません。これを踏まえると、単に「義務化されるから」という理由ではなく、会社を守るためにパワハラ対策は喫緊の課題となります。

①民事上のペナルティ
ハラスメントの防止策を講じず、パワハラが起こった際に適切な対応をしなかった場合には、パワハラ被害者である従業員との間では、民事上の不法行為責任が生じて損害賠償請求に至ります(民法第709条)。

②行政によるペナルティ
パワハラ防止法の施行後は「対策義務を守っていない」とみなされる企業に対し、厚生労働大臣から助言・指導・勧告等が行われます。勧告があってもなお万全な対策を取らない場合は、企業名が公表されてしまいます(労働施策総合推進法第33条第2項)。

③その他のペナルティ(風評被害)
さらに、パワハラの当事者が被害感情の赴くままSNS等で事態を公表し、取引先にも影響する大問題に発展する可能性があります。
最近では、公正さを重視する株主からパワハラを指摘され、体制を変えるよう迫られるケースもありました(下記参照)。

【事例】乗り換え案内サービスを手掛ける「株式会社駅探」のパワハラ問題
社員が頻繁に退職することを不審に思った大株主が、調査委員会を設置して元取締役によるパワハラの事実を突き止め、独自の取締役候補を提案した問題です。
参考:日本経済新聞2020年6月20日報道「「全役員クビ」突きつけられた駅探 大株主が独自候補」

4.企業に求められるパワハラ対策

パワハラ対策の義務化に伴って、先述の厚生労働省告示第5号で「事業主が講じるべき具体的措置」が指示されました。以下で解説する具体的措置の内容に沿って対策を強化する必要があります。

※パワハラだけでなく、セクハラや妊娠出産や育児休業に関するハラスメント(マタハラ・パタハラ)でも同様の対策が義務付けられています。

4-1.事業主の方針の明確化とその周知・啓発

第一の具体的措置として、パワハラを行ってはならないという旨の事業主(企業の方針)を定め。啓発を行うよう指示されています。

【パワハラ対策の具体的措置①】事業主の方針の明確化とその周知・啓発 ※以下すべて行う

  • 「パワーハラスメントの内容」の明確化
  • 「パワーハラスメントを行ってはならない旨の方針」の明確化
  • 管理監督者を含む労働者への周知と啓発

具体的には、パワハラの定義・事業主としての対応の方針・懲戒規定の3点を就業規則上で明記しなければなりません。また「パワハラの発生原因や背景」に関しても、パンフレットの配布等を通じて周知する必要があります。

周知・啓発の一環である研修(あるいは講習)の際には、職階を分けて実施しそれぞれ必要な取り組みを説明するなど、従業員の理解を深める工夫が必要です。

4-2.相談や苦情に適切に対応するための体制整備

第二の具体的措置として、被害を自覚する従業員・加害を不安がる管理職などが相談できるよう、窓口の設置が指示されています。

【パワハラ対策の具体的措置②】相談や苦情に適切に対応するための体制整備
※以下すべて行う

  • 相談窓口をあらかじめ定めて労働者に周知する
  • 現実にパワハラが起きているのか微妙な場合でも、広く相談に対応する

相談窓口は社内・社外のどちらに設置しても問題ありませんが、実質的に問題対応できるよう整備しなければなりません。相談方法や時間帯も利用しやすく工夫し、社内で窓口対応を行う者には事前研修を受けさせます。

また、相談後の対応フローも重要です。
窓口対応者に報告を義務付け、事業主が問題を把握してさらなる対策を取れるようにしなければなりません。さらに当事者へのフィードバックも「当事者と同性の管理職や教育担当者から行わせる」等、二次被害を防ぐ工夫をすることも大切です。

4-3.ハラスメント発生時の迅速かつ適切な対応

第三の具体的措置として、実際にハラスメントが発生したときの的確な対応が指示されています。

【パワハラ対策の具体的措置③】ハラスメント発生時の迅速かつ適切な対応 ※以下すべて行う

  • 事実関係を迅速かつ正確に確認する
  • 速やかに被害者に対する配慮のための措置を適正に行う
  • ⾏為者に対する措置を適正に⾏う
  • 再発防止に向けた措置を講じる

トラブル発生時にスムーズに対応をとる上で、就業規則上のハラスメント防止規定等で「担当部門と担当者は誰なのか」「どのようなフローで対応を進めるのか」を具体的に決めておく必要があります。

対応が始まったときは「被害者だけでなく加害者にも聴取する」「管理監督者等から被害関係者に対してメンタルケアを行う」などときめ細かく対応をとり、二次トラブルの発生を防がなくてはなりません。

4-4.併せて講ずべき措置

以上の点に加えて、下記の措置も取らなければなりません。

【パワハラ対策の具体的措置④】ハラスメント発生時の迅速かつ適切な対応 ※以下すべて行う

  • パワハラ当事者のプライバシー保護のため必要な措置を講じる
  • 相談や事実関係の確認への協力等を理由に、不利益な扱いをしない
  • 上記の旨を労働者に周知する

以上の措置の目的は「相談あるいは通報をためらわずに行える環境」を整備することです。
相談窓口の担当者のプライバシー保護意識を高め、社内にも「相談者や通報者の情報は明かされない」「窓口を利用したからと言って解雇や降格などの扱いは受けない」と周知しなければなりません。

なお、不利益な扱い(解雇や降格など)に関しては、改正労働施策総合推進法等で禁じられています。

5.社会保険労務士(社労士)に相談するメリット

上記で解説した厚労省指示の具体的措置から、今後企業は「就業規則の見直し」「相談窓口の設置」を軸に対策を取っていく必要があります。
以上の点に関し、高い専門性を持つのが社会保険労務士(社労士)です。

5-1.トラブル回避を意識した「就業規則の見直し」が出来る

ハラスメントに限らず労務トラブルを防止するためには、法改正と労務の情勢に応じた就業規則の作成、見直しが求められます。

こうした就業規則の見直しのプロセスで必要な知識に関しては、専門家の社労士に相談しましょう。

5-2. ハラスメントに対して研修の実施

パワハラに限らず、セクハラ等を含めたハラスメントについての研修を依頼できます。
ハラスメント対する理解を深め、予防と発生してしまった場合の対応について、事例を交えてながら、分かり易く伝えます。

●どのような場合がハラスメントに該当するのか
●加害者にならないためには(行っていけないこと、適切な指導の方法)
●適切な対応を取らないと本人のみならず会社も責任を問われる
●発生してしまった場合の対応について(相談窓口・上司として相談を受けた場合)

6.労使間での紛争に発展してしまった場合には ~個別労働紛争解決制度~

残念ながら、ハラスメントが発生し、社内で自主的な解決がうまくいかず、被害者から会社に対して使用者責任・管理責任を問われ場合は、どうなるのでしょうか。紛争の最終的解決手段として、裁判制度がありますが、長い時間と多くの費用がかかってしまいます。

パワハラを含む労働問題の増加に伴い、知見のある第三者を介在させて自主的解決を支援する目的で行政が用意したのが「個別労働紛争解決制度」です。

もともとは弱い立場にある労働者(労働組合や調停・審判等の裁判上の手続きに頼れない状況にある人)を救済する意図があるものの、本制度は企業側からでも利用できます。

厚生労働省が2019年にまとめた制度利用状況の調査※によると、相談件数は年間約119万件にも達しており、パワハラによるトラブルの解決で最も利用する可能性の高い紛争解決手段だと言えます。
※厚生労働省:「令和元年度個別労働紛争解決制度の施行状況」を公表します

6-1.個別労働紛争解決制度の利用の流れ

個別労働紛争解決制度の利用窓口になっているのは「総合労働相談コーナー」です。
利用のためトラブルを申し出た直後は、関係法令や判例に関する情報提供、労働局長による助言や指導が優先的に行われます。

それでも解決しなかったため当事者から「あっせん」の申請があった際は、弁護士や社会保険労務士などの有識者で組成された組織(=紛争調整委員会)が、当事者への事情聴取・話し合いの促進・合意案の提示を行います。


【個別労働紛争解決制度の利用の流れ】
※パワハラ(職場環境に関するトラブル)の場合
①労働者からパワハラだと指摘される
②示談(話し合いによる解決を目指す)
③総合労働相談コーナーに相談
④情報提供、助言、指導
⑤(対象事案について申立てがあった場合)あっせん
⑥(なお解決しなかった場合)仲裁、労働審判などの別の解決法の提案

6-2.個別労働紛争解決制度の対象になるトラブル

個別労働紛争解決制度が利用できるトラブル例は限定されています(下記参照)。

【個別労働紛争解決制度の対象になるトラブル】

  • 労働条件に関するもの…解雇、雇止め、労働条件の不利益変更など
  • 職場環境に関するもの…いじめ、嫌がらせなど
  • 損害賠償に関するもの…退職に伴う研修費用の返還、会社所有物の破損など
  • 労働契約に関するもの…会社分割による労働契約の承継、同業他社への就業禁止など
  • 募集・採用に関するもの(※あっせんの対象にはなりません。)…内定取り消しなど

6-3.個別労働紛争解決制度の対象にならないトラブル

参考までに、個別労働紛争解決制度の対象外とされるトラブル例を紹介すると、以下の通りです。

【個別労働紛争解決制度の対象にならないトラブル】

  • 労働者同士のトラブル
  • 労働組合と事業主の間のトラブル
  • 他の紛争解決制度を利用中のトラブル(労働審判や訴訟など)
  • 労働者と事業者の間で話し合いが進んでいるトラブル

7.まとめ

中小企業の多くは、リスクを認識しながらも、事例の線引き等を巡ってパワハラ対策に手をこまねいています。

対策法の義務化に伴い「どんな行為がパワハラにあたるのか」「具体的にどんな対策をとればいいのか」の2点が改めて明示されましたが、個別具体的な措置の方法までは踏み込んでいません。従業員への啓発の方法・社内窓口の設置方法などに関しては、事業主ごとに検討する必要があります。

パワハラへの対応として必要となる「就業規則の見直し」や「ハラスメントに関する研修」は社会保険労務士が高い専門性をもってサポートできます。

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